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尖閣諸島の自然



尖閣諸島の空に舞う鳥(2)

鳥名 分布 備考
01 アオサギ 魚釣島
02 アオツラカツオドリ 南小島・北小島・大正島・久場島 環境庁版希少種
03 アカアシカツオドリ(参考) 尖閣諸島 絶滅危惧B類(EN)
04 アホウドリ 南小島・北小島 滅危惧類(VU)
05 アマサギ 魚釣島
アカモズ 南小島 絶滅危惧TB類(EN)
エゾビタキ 南小島





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 (01)    アオサギ
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分布:魚釣島


(これは尖閣諸島のアオサギの写真ではありません)

Yachoo! オンライン野鳥図鑑 - 野鳥図鑑 - より


典拠:写真集・「沖縄の野鳥」(昭和58年)、琉球新報社編・池原貞雄監修。(55頁【奄美・沖 縄鳥類目録】に記載)
魚釣島・南小島。冬鳥として渡来し、海岸・干潟付近に見られるが、少ない。


急旋回 
写真共有サイト「フォト蔵」  よりの引用
http://photozou.jp/photo/show/154296/19089003





Yachoo! オンライン野鳥図鑑 - 野鳥図鑑 - より
アオサギ (亜種 アオサギ)
http://www.yachoo.org/Book/Show/72/aosagi/

分類 コウノトリ目 サギ科  
全長(翼開長) 90-98cm(160-175cm)  
英語名 Grey Heron  
繁殖: 巣・卵 同種だけでコロニーを作る場合が多い。高木の樹上に営巣する。営巣木は特に選ばな
いが、針葉樹や落葉広葉樹が多い。巣材は雄が集め、雌が整える。枯草や枯れ枝を使って皿型の大
きな巣を作る。卵数は2〜5個で2日おきに1卵ずつ産卵する。  

繁殖: 抱卵・育雛 抱卵は雌雄で行う。約26日で孵化(ふか)する。孵化後は約52日給餌されて巣立
つ。近年、愛知県汐川干潟、徳島県那賀川出島では樹上ではなく、池のわきの草が茂っている所
(地上)を選んで営巣している例がある。  

分布 旧北区、東洋区、エチオピア区。ユーラシア大陸とアフリカ大陸の温暖、熱帯で繁殖する。冬
季は温暖な地域に南下して過ごす。日本では北海道、本州、四国、対馬で繁殖する。北海道では夏
鳥、本州・四国、九州では留鳥か漂鳥、奄美諸島以南では冬鳥である。  
生息地 近辺に水庭のある場所などに見られる。特に河川の近く、海岸近くは多い。水辺の樹上で休
むことが多い。夕方は川の中洲などに集まって眠る。  

生態 アオサギが営巣すると、糞に含まれるリンによって、樹木が枯れてしまう。この為、コロニー
が長い間使われることはない。全国的にコロニーの数は減少している。採餌ははコロニーを中心に5
〜10kmの範囲で行われる。  
類似種について **  

渡り鳥条約 日露渡り鳥条約 






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 (02)    アオツラカツオドリ
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分布:南小島、北小島、久場島、大正島


(下の掲載写真は尖閣諸島のアオツラカツオドリの写真ではありません)

撮影: 東シナ海 2002年1月

出典1: 沖縄県版レッドデータブック
アオツラカツオドリ(希少種) code g-00952
和名 アオツラカツオドリ
分類 ペリカン目 カツオドリ科
学名 Sula dactylatra personata (Gould, 1846)
カテゴリー 希少種
環境庁版
カテゴリー 希少種
特性 英名: Blue-faced Booby
全長86cm、尖閣諸島で繁殖が確認されているが数は少ない。本亜種の調査はほとんどされて
なく生息状況は良く分からない。
原記載: Gould, 1846. Proc. Zool. Soc. London:21 (Australia).


出典2典拠:絶滅危惧種情報検索
 http://www.biodic.go.jp/cgi-db/gen/RDB_G2000_DO.RDB_DETAIL?wamei=%A5%A2%A5%AA%A5%
C4%A5%E9%A5%AB%A5%C4%A5%AA%A5%C9%A5%EA&bunrui_c=73&rank=&search_str=%25&gaku_n=&
start_row=91

ペリカン目 カツオドリ科 絶滅危惧II類(VU)
和名 :アオツラカツオドリ  
学名 :Sula dactylatra personata Gould, 1846
英名 :【Masked booby】

摘要:
琉球列島の尖閣諸島南小島、北小島、赤尾嶼、黄尾嶼と、小笠原諸島の西之島で繁殖の記録
がある。尖閣諸島の各繁殖地の生息数や継続性については資料が少なく不明だが、近隣の仲
ノ神島には3〜11月に、とくに4〜7月に繁殖齢に達しない若齢鳥群が飛来することから、
同諸島の繁殖個体群は維持されていると推察される。尖閣諸島は西部太平洋の北限域の繁殖
地であり、同地の個体群は季節的に移動を行う個体群として重要である。

形態:
全長約85cm。雌雄同色。体の羽毛は白色だが翼の風切羽と尾羽は黒褐色で、嘴は黄色く脚は
青灰色である。幼鳥の頭、頸、翼背面は黒褐色。飛翔中の本亜種とアカアシカツオドリ
(S. sula rubripes)白色型の成鳥は類似するが、後者の尾羽は白色で、脚が赤色なことで
容易に識別できる。

分布の概要:
種としては、世界の熱帯から亜熱帯海域に広く繁殖分布する。日本では本亜種が火山列島、
小笠原諸島の島弧、八重山諸島、尖閣諸島に分布する。

生物学的特性:
普通2卵を産むが、雛数削減(無条件兄弟殺し)により1雛を育てる。抱卵期間は約44日、
約120日齢で巣立ち、その後も親鳥による補助給餌を受けて独立する。主にトビウオを採餌
する。繁殖開始年齢は2〜3年、20年以上生きることが知られている。尖閣諸島での繁殖期
の詳細は不明だが、産卵期はカツオドリ(S. leucogaster plotus)より少し早いとされて
いる。

分布域とその動向:
琉球列島の尖閣諸島南小島、北小島、赤尾嶼、黄尾嶼と、小笠原諸島の西之島で繁殖の記録
がある。

繁殖期分布情報:
第2回自然環境保全基礎調査では非調査対象種

越冬期分布情報:
2次メッシュ数:0、3次メッシュ数:0(第3回自然環境保全基礎調査)

個体数とその動向:
北小島と南小島では、1952年4月、1953年8月、1971年4月には「ごく少ない」あるいは
「非常に少ない」と報告されているが、1979年6月には飛翔個体3羽のみが確認されてい
る。しかし1991年5月には南小島で「カツオドリほど多くないが、多数が繁殖中」との観察
記録が残されている。黄尾嶼では1971年4月に「カツオドリほど多くなく、少数が混生して
いる」とされている。赤尾嶼では1972年7月に、崖の上部に生息する数百羽と沖合で30羽の
飛翔群が船上から観察されている。

尖閣諸島に近い仲ノ神島では毎年3〜11月に単独ないし2〜8羽で飛来し、とくに4〜7月
に多い。これらの66%は幼鳥羽を部分的に残す換羽途中の若鳥で占められ、 成鳥羽の個体
は約34%のみである。カツオドリ類は繁殖齢に達する前に出生島周辺海域に帰還することが
知られており、尖閣諸島では継続的に繁殖している可能性がある。正確な生息数と動向は資
料がなく不明。

西之島では1991年と1993年に各々1つがいの繁殖が確認されているが、その後の繁殖状況は
不明。

生息地の現況とその動向:
資料が少なく不明。

存続を脅かしている原因とその時代的変化::
不法採取(43)。尖閣諸島の北小島と南小島では、1950年代前半〜1960年代当時、台湾漁船
等によってカツオドリを含めた海鳥類の成鳥、雛、卵の乱獲が行われ、すでに激減傾向にあ
ったと報告されている。近隣の仲ノ神島では1980年代初めまで同様な乱獲が行われていたこ
とから、尖閣諸島でもその頃まで継続されていた可能性が示唆される。現状については不
明。

特記事項:熱帯から亜熱帯域に繁殖分布する種だが、季節風の影響を受ける西部太平洋の北
限の繁殖地であり、季節的に移動を行う個体群として学術的にも重要である。早期に詳細な
生息状況の調査が望まれる。



アオツラカツオドリ02-03 日本産鳥類図長谷川博撮影 尖閣研究



(下の掲載写真は尖閣諸島のアオツラカツオドリの写真ではありません)

写真:http://www.ne.jp/asahi/sphere/1/Gallery/Galapagos/SeaB/sb005.html






(下の掲載写真は尖閣諸島のアオツラカツオドリの写真ではありません)

水中に飛び込み魚を捕獲しそようとするアオツラカツオドリ
写真:http://www.gt-works.com/yachoo/zukan/tori/katuodori/aoturakatuodori.htm


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http://www2.odn.ne.jp/~speworld/column6.html より
−アオツラカツオドリ− (8/11)
 今日NHK教育放送で「野生発見の旅」という番組をやっていました。なにげなくチャンネルを回し
ていたときにちらっと見ただけですが、その中でいろいろ考えさせられるシーンがありました。
 全部見たわけではないのですが、ガラパゴス諸島に住む動物の中に「アオツラカツオドリ」とい
う鳥がいてその鳥の習性を紹介しているシーンです。その鳥はペリカンのような感じの鳥でした。
もちろんこういう番組で紹介されるのですから珍しい鳥だと思うのですが・・・(後で調べたら日
本では沖縄の尖閣諸島に少しだけ残っているそうです)。そのアオツラカツオドリの習性がとても
ショックな光景だったもので、しばらくテレビに見入ってしまいました。
 アオツラカツオドリはたいてい一度に2個の卵を産むそうです。そして、時期が来たら卵からは
当たり前ですが雛が産まれます。母鳥は雛に餌を与えます。そんな当たり前の風景でした。でも、
ここからが違います。卵がかえるのには時差があるのです。それで先に産まれた雛は後から産まれ
た雛を巣から追い出してしまうのです。産まれたばかりの雛が本能でそういうことをするのです。
もちろん後から産まれた雛は体格差があるのでものの数分で巣から追い出されてしまいます。それ
を母鳥は当たり前のことのように見ています。もちろん後から産まれた雛を助けたりはしません。
先に産まれた雛にだけ餌を与えています。数時間後、追い出された雛は死んでしまいました。この
光景ははっきり言ってショックでした。




明治時代、福岡県八女出身の寄留商人古賀氏が尖閣諸島の探険調査を
以来して以来戦後も尖閣諸島に住んでいた鳥です。
今はどういう状況にあるのでしょうか。
私達はこれを知りたいと思います。
尖閣諸島には絶滅に瀕している種に指定されている鳥や動物など
少なくないのです。これに対処するには詳しい調査が必用です。
併し、今は政府はこれを許可していません。政府は尖閣は日本国の
領土であると言いながら、調査もさせないのです。管理もちゃんと出来ないで、
国民の信頼に応えていると言える筈がありません。政府の尖閣独占は危険です。

尖閣諸島に定期的に学術調査隊を派遣して
その情報を公開し国民に知らせるへきです。






















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 (03)    参考:アカアシカツオドリ
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(下の掲載写真は尖閣諸島のアカアシカツオドリの写真ではありません)

アカアシアホウドリ
ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト
からの引用です。





「沖縄県版レッドデータブック」には
「尖閣諸島での繁殖の可能性が示唆されているが、
1990年代、2000年代の調査でも確認されていない。」
とあります。「過去の繁殖例は偶発的な可能性がある」ともありますが、
日本での繁殖が終わったということでないと良いのですが・・・。
【管理人】


環境省カテゴリー: 絶滅危惧B類(EN)
http://www3.pref.okinawa.jp/site/contents/attach/9962/tyourui-shusei.pdf
沖縄県版レッドデータブック

和名: アカアシカツオドリ
分類: ペリカン目カツオドリ科
学名: Sula sula rubripes(Gould, 1838)
英名: Red―footed Booby

カテゴリー: 絶滅危惧B類(EN) 環境省カテゴリー: 絶滅危惧B類(EN)

形態: 本種の羽色は多型で、初列と次列風切の黒色を除き全身白色型、全身黒褐色型、その中間型がある。嘴と
顔の裸出部は青色、脚は赤色である。

近似種との区別: 飛翔中のアカアシカツオドリの白色型とアオツラカツオドリは似ているが、本種の尾羽が白色であ
るのに対し、後者では黒色であることで区別できる。

分布の概要: 1975年と1977年に、八重山諸島仲ノ神島で各々1例の繁殖確認例がある。
生態的特徴: 樹木や海岸性潅木の上に営巣し、高密度で大きなコロニーを形成する。休息時も樹上であることが多
い。1雛を育てる。幼鳥は巣立ち後も親鳥による長い補助給餌期間を経て独立に至る。

生息地の条件: 樹木や潅木の多い外洋性島嶼で繁殖する。

個体数の動向: 唯一繁殖記録のある仲ノ神島では1977年以降、繁殖していない。

現在の生息状況: 仲ノ神島へはその後も毎年数羽から10羽以内が飛来し、夜間、ガジュマル樹上で休息するとこ
ろが観察されるが、その約80%は幼鳥ないし体の一部に幼羽を残した若齢鳥である。
学術的意義・評価: 本種の繁殖確認例のある仲ノ神島では、近縁種のカツオドリが増加傾向を示しており、人為的
な撹乱のない繁殖環境が維持されていると考えられる。同島に飛来する個体の多くが若齢鳥であることを考
慮すると、過去の繁殖例は偶発的な可能性がある。

特記事項: 尖閣諸島での繁殖の可能性が示唆されているが、1990年代、2000年代の調査でも確認されていな
い。日本では、このほか小笠原・硫黄列島でも観察されているが繁殖確認には至っていない。

原記載: Gould, 1838. Syn. Bds. Austr., 4, app., 7 (New South Wales).

参考文献: Kohno, H., 2000. Visits of immature Blue―faced and Red―footed Boobies to Nakanokamishima,
South Ryukyus, Japan. Bull. Inst. Oceanic Res. & Develop., Tokai Univ., (21) : 111―117.
河野裕美,2002.アカアシカツオドリ.改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物−レッドデータブック− 2 鳥
類”,環境省編,(財)自然環境研究センター,東京,88―89.
河野裕美・安部直哉・真野徹,1986.仲の神島の海鳥類.山階鳥類研究所研究報告,18(1):1―27.
沖縄県環境保健部自然保護課(編),1996.アカアシカツオドリ.沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物−レッド
データおきなわ−”,沖縄県環境保健部自然保護課,那覇,316.
日本鳥類目録編集委員会(編),2000.日本鳥類目録(改訂第6版).日本鳥学会,北海道,345.
執筆者名: 河野裕美









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)    アカモズ
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アカモズ 南小島

(下の掲載写真は尖閣諸島のアカモズの写真ではありません)

アカモズ
「野鳥通信・対馬から」の引用です。

典拠:沖縄静物学会誌第16号−42頁
「尖閣列島・南小島を訪ねて」池原貞雄・安部琢哉・城間俟


Yachoo! オンライン野鳥図鑑 - 野鳥図鑑 - アカモズ (亜種 アカモズ)
http://www.yachoo.org/Book/Show/473/akamozu/

アカモズ
 
分類 スズメ目 モズ科
全長(翼開長) 18-20cm
属名 Lanius
種小名 cristatus
亜種名 superciliosus
英語名 Brown Shrike

撮影者コメント 毛虫を大量に食べていました。綺麗な個体で良かったです。
特徴: 雄 頭上から尾までが赤褐色で、額から眉斑は白色でつながっている。翼は黒褐色で茶褐色の羽縁がある。
過眼線が黒い。喉は白いが、それより下の下面はやや赤味のある茶褐色を帯びている。
特徴: 雌 全体的に雄より淡色。脇(わき)に褐色波状斑を持つものがいる。眉斑は雌のほうが細い傾向がある。
特徴: 幼鳥(若鳥) 胸から腹にかけて、特に脇には波状斑が見られる。
鳴き声 低い声でギチギチギチと鳴く。
採餌 飛翔したり、葉っぱに止まっている昆虫が主である。「はやにえ」も行う。
繁殖: 時期・夫婦 5〜7月に年に1回行う。番で渡ってくる個体はそのまま繁殖し、単独で渡ってきた時は雌を獲得す
るまで囀る。一夫一妻である。
生息地 平地から山地の明るい林や、低木のある草原に生息する。
生態 モズと分布が重なる地域では種間縄張りを持つ。
類似種について **
亜種について 本亜種のアカモズと南西諸島で観察されることが多い亜種シマアカモズとがある。
レッドリスト(2006年) 絶滅危惧TB類(EN)
RDB(2002年) 準絶滅危惧(NT)
RDB(1998年) 準絶滅危惧(NT)
渡り鳥条約 日中渡り鳥協定
日露渡り鳥条約


















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(04)  アホウドリ
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分布:南小島・北小島



出典:沖縄テレビ

風にのって、復活への離陸 −尖閣諸島のアホウドリ−   
  企画製作:沖縄テレビ放送(株) 
テレビ/47分 
  26年間にわたってアホウドリ保護に取り組んでいる長谷川さんと一緒に尖閣諸島に立ち入り、100
年振りに確認されたひなの撮影に成功しました。 



江戸時代の古文書に書かれたアホウドリ
アニマ昭和53年10月号54頁



典拠:沖縄テレビ

 尖閣諸島のアホウドリを取材した沖縄テレビ放送の特別番組が映像祭で受賞

 沖縄テレビ放送が企画・製作した特別番組『風にのって、復活への離陸:尖閣諸島のアホウド リ』(水島邦夫撮影・演出、2002年8月17日放送、47分)が第44回科学技術映像祭で文部科学大臣 賞(ポピュラ−サイエンス部門)を受賞しました(2003年4月17日、東京・科学技術館)。  

 また、この受賞を記念して再編集・再放送した特別番組『風にのって、復活への離陸:尖閣諸 島のアホウドリ』(水島邦夫撮影・演出、2003年5月19日放送)も、日本民間放送連盟賞(九州・ 沖縄地区/教養部門)で優秀賞を受賞しました(2003年7月)。  

 尖閣諸島をヘリコプターで取材し、南小島でアホウドリの個体数の増加と繁殖分布域の拡大を 映像で記録しただけでなく、隣の北小島で約100年ぶりに1組のつがいのアホウドリの繁殖を確認 したことが評価されました。知られざる尖閣諸島の景観やそこに生息する海鳥類の姿、また開拓 の歴史を記録した映像も貴重。

 この番組製作に協力した者の一人として、この二つの受賞をお祝いします!




出典:琉球新報
平成14(2002)年03月13日


尖閣 アホウドリを確認
琉球新報 平成14(2001)年05月04日



確認されたアホウドリの幼鳥
出典:朝日新聞 2001.04.10
南小島 後ろは北小島



海面に浮かんだアホウドリ

http://marinechallenger.kir.jp/chouka/tokara/2000/2000.htm
魚の情報サイトの中にあった写真です。下に拡大しました。






大島高校のアホウドリの剥製


大島高校(旧制大島中学校)のアホウドリ剥製標本
(尖閣諸島文献資料編纂会)



 標本との出会い

 旧制の中学校はそれぞれが、各地域の最高の学府で鹿児島県でも内容の
充実はもとより、人事の面でも、文部省直属の拝命で、高等官待遇で、全
国交流の時代で優秀な人材が各地に派遣され、博物学の教室には、すばら
しい標本が整備されていた。

 その一部が、戦時中、防空壕に入れられ、雨風にうたれ、その残存が大
島高校の標本である。
 県内の中学や高校にも残っていたと思われるが、学制改革など、取り扱
う人たちの価値観が薄れ、改廃され、焼却されたりしたのが現状で、奄美
大島の標本は貴重なものである。
 この標本を手にしたのは尖閣列島調査の2年後である。
 木造校舎の解体の時に詳しく観察し、古き標本を少しでも保存しようと
努力した。これら標本の中にアホウドリの剥製があり、件の白い巨鳥と瓜
二つだったのに驚いた。


「北小島の洋上に居たアホウドリ」
http://pinacles.zouri.jp/bunken/morita.htm
―尖閣列島生物調査(1953年8月)で実見―
森田忠義






黄尾島中榕樹下の信天翁
(見にくいけれど下の前方にいます)
明治44年宮島幹之助






典拠:「沖縄の秘境を探る」高良鉄夫著・沖縄新報社、106−107頁、第
四章アホウドリ見たり聞いたり【白い鳥−アホウドリを求めて】)

 今からおよそ二六〇年前の『遺老説伝』という本によると、石垣島や与那国
島の人も通わぬ岬にアホウドリが住んでいたことが述べられている。また『南
島雑謡』という本には大島の海岸に、『琉球漫遊記』には、南大東島にも住ん
でいたことが書かれている。

 このように、昔は無数のアホウドリが小笠原諸島や沖縄の島々に住んでい
た。

 文明の発達につれて、羽毛の採集、あるいは食用にするため乱獲され、人間
の住んでいる島から遠ざかり、ついにへんぴな無人島だけで生活するようにな
ったのである。だが、今日ではこの無人島にも人手がのびて、海鳥の乱獲は絶
えない。
  アホウドリは今からおよそ六〇年前までは、黄尾島、南北両小島に、また
魚釣島でも見られたようであるが、大正年間になって、同列島のアホウドリの
記録は見当たらない。同列島近海に漁に出ていた古老の諸によると、大正の中
期ごろ、南北両小島に少数のアホウドリがいたが、魚釣島に材木を切り出しに
きた人々や漁民によって捕獲され、卵は無人島みやげに持ち去られたというこ
とである。

 大正の後期から昭和の初期ごろにかけて石垣島測候所長の岩崎卓商翁が、石
垣島の渡り鳥を調べた報告書の中に、クロアシアホウドリが記録されている。
これは八重山群島近くの無人島に生き残っていることを物語るものであり、渡
りの途中に石垣島に迷い込んだものであろう。

 昭和十四年五月、石垣島測候所の正木氏が尖閣列島を報告によると、アホウ
ドリの仲間は黄尾島、魚釣島には見当たらず、北小島の一角に、クロアシアホ
ウドリの群れが確認されている。当時、アホウドリが見当たらなかったのは、
尖閣諸島では、すでに滅びてしまっていたのであろうか。

 私は昭和二十七年、二十八年、三十八年の三回にわたって、南北両小島の海
鳥を調査したが、渡来の時期とのずれの関係か、アホウドリの仲間は確認でき
なかった。 昭和四十年十月に、久米島南方の漁場で、一羽のコアホウドリが
漁船の船員によって捕獲された。十月中旬ころとなると、アホウドリの仲間の
渡りの時期であり、尖閣列島にアホウドリが住んでいる可能性もでてくる。

 昭和四十五年十二月十日、九州大学、長崎大学の合同学術調査団は、北小島
でクロアシアホウドリの数羽を発見した。翌年四月に琉球大学学術調査団は、
南小島でアホウドリ一二羽を目撃し、北小島ではクロアシアホウドリ数羽を確
認している。

 両調査団が、目撃した北小島のクロアシアホウドリの数は、それほど多くは
ないようだ。

 尖閣列島に生き残っているアホウドリ、クロアシアホウドリが、これからも
健在であることを望むとともに、それが、再び増えて、往時の偉観をとりもど
し、後世の人々が、アホウドリ仲間の群集を通して、自然との対話ができるよ
う念願する。





















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※2 尖閣諸島にアホウドリを確認
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クロアシアホウドリ再発見の長崎新聞記事
昭和46年03月21日(1971年)
記事が読みづらいので下に書き直しています

昭和46年03月21日(1971年) 長崎新聞


〔長崎新聞〕昭和46年3月21日夕刊

生きていた幻の鳥

−長大調査隊が確認−
クロアシアホウドリ 尖閣列島で30年ぶり

 日本では絶滅にひんしているといわれるアホウドリ科のクロアシアホウドリが、沖縄の尖閣
列島に生息していた。これは昨年十二月同列島を調査した長崎大、九州大合同の「尖閣列
島合同調査隊」(隊長・松本征夫長大学教授)が持ち帰った資料でわかった。同列島では昭
和十三年●●絶滅したと見られていた。

 同調査隊は両大の教官、学生九人で編成、昨年十二月六日から十四日までの九日間、同
列島の学術調査をした。同列島最大の魚釣島を基地に北小島、南小島にも渡り地質、生物
の両面から調べた。

 今度、見つかったクロアシアホウドリは北小島で生息していたもので、松本教授がカメラに
収め長大の山口鉄男教授(生物学)が確認した。同島には五羽生息、うち一羽は鶏卵の三倍
大の卵一個を抱いていた。見つけた場所は同島の海岸に面した絶壁。アホウドリ特有の性質
で近寄っても逃げず、楽に写真をとることができたという。

 同列島でクロアシアホウドリが学術的に確認されたのは昭和十五年五月二十七日。石垣
島測候所の正木任・元所長が北小島で見つけて以来三十年ぶり。その間、琉球大の高良鉄
夫教授(現同大学長)が二十五年から四十三年にかけて五回同列島の調査をしたが、確認
出来ず絶滅したとみられていた。

 アホウドリ科の鳥はアホウドリ、コアホウドリ、クロアシアホウドリの三種。三種とも主として
わが国近海の伊豆七島の鳥島、小笠原諸島、尖閣列島に生息していたが、羽毛採取のため
の乱獲と太平洋戦争などで激減、近年になって少数のアホウドリがあちこちの島で繁殖して
いることがわかり天然記念物に指定された。

 松本教授の話 アホウドリは現在鳥島にしかいないし、同科のクロアシアホウドリが見つか
ったのは貴重だ。さっそく日本自然保護協会に連絡し、保護策を検討してもらう。


 クロアシアホウドリ
全体的に暗かっ色でアホウドリの幼鳥に似ているが足が黒いのが特徴。翼長四十五−五十センチ、口ばし付
近が白く。口ばしは灰鉛色。三種のうちもっとも広く分布、鳥島、小笠原諸島、硫黄列島、ハワイ西北部諸島に
生息する。=原色日本鳥類図鑑(保育社)




{尖閣諸島の自然管理人}

本当にクロアシアホウドリ???


 「クロアシアホウドリ」の欄に掲載した九州大学・長崎大学合同調査隊報
告書(昭和45年12月)の写真は確かにクロアシアホウドリである。併し
長崎新聞の写真はどうだろうか?私にはアホウドリの若い成鳥に思われる。
鳥島の若いアホウドリや沖縄テレビが後で奉じた写真と比べてみて下さい。


九州大学・長崎大学合同調査隊報告書の写真
(昭和45年12月)


長崎新聞記事の写真
昭和46年03月21日(1971年)

 
参考(鳥島の若いアホウドリと幼鳥)


沖縄テレビ


  長崎新聞の写真(上右)が本当ならば、発見されたのはクロアシアホウ
ドリだけではなかったことになりますが、松本教授はクロアシアホウドリと
は言っておられる。しかも沖縄テレビの画像と比較するとそのバックが似て
いるように思われる。興味をそそられる長崎新聞の写真である。













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※2  尖閣諸島のアホウドリについて
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共同研究
http://www.mnc.toho-u.ac.jp/v-lab/ahoudori/research/report/senkaku/snkak03.html

尖閣諸島におけるアホウドリの歴史と繁殖現状


  1.はじめに 
     かつて、尖閣諸島ではアホウドリが大集団をなして繁殖していた。

 1845年6月16日 、英国の探検測量船サマラン号による東洋探検隊は、尖閣諸島に立ち寄り、黄 尾嶼でアホウドリを観察した。

  それから40年後の1885年10月23日、石沢兵吾(沖縄県属)は 無人島の尖閣諸島を調査し、魚 釣島で数万羽のアホウドリが営巣していることを観察 した。その後、1891年と1893年に、古賀辰 四郎の命で、伊沢弥喜太が尖閣諸島を探検 ・調査し、海産物やアホウドリを採集した(黒岩1900 による)。  

 この調査結果にもとづいて、古賀氏は尖閣諸島の開拓が有望なことを見込み、同諸島を開拓す る許可を政府に申請したが、これらの島々の帰属問題が関係国間で未解決 だったため、政府は開 拓の許可を見送った。 

 1895年、日本国政府は、勅令によって尖閣諸島を領土とし(1895年1月14日の閣議決 定)、翌 96年に古賀辰四郎にこれらの島々の開拓する許可を与えた。

  古賀氏は1897年 から魚釣島に、98年から黄尾嶼に人を移住させ、集落をつくり、アホウドリ の羽毛採取や漁業を軸とする無人島開拓に着手した。これによって、毎年15-16万羽のアホウ ド リが捕獲され、アホウドリの個体数は急速に減少した(黒岩1900、宮嶋1900-01)。  

 古賀氏の要請で1900年5月10日に黄尾嶼を調査した宮島幹之助は、20-30羽の小群をあちこちで 見ただけであった。

  同年5月12-13日に、同じく古賀氏に派遣された黒 岩恒は、魚釣島を調査し、道安渓でひなを かなり多く観察し、成鳥3羽を生け捕りに した。

  この後も捕獲が続いたため、アホウドリの数は激減し、1910年ころには黄尾嶼 の4カ所、魚釣 島の2カ所で細々と繁殖するだけになったという(恒藤1910)。  

 それから約20年後の1939年5月27日、正木任は魚釣島や南小島、北小島に上陸したが、アホウド リを1羽も観察することができなかった(正木1939)。  

 戦後の1950年3月28日-4月9日、1952年3月27日-4月28日に、琉球大学農学部の高 良鉄男教授ら は尖閣諸島の生物相について調査を行ない、黄尾嶼(当時、アメリカ軍 の射爆場となっていた) を除く各島に上陸したが、アホウドリを観察することはできなかった。

 さらに、1963年5月15-21日にもこれらの島々の調査をしたが、やはりアホウドリの姿を確認で きなかった(高良1963など)。そのため、尖閣諸島のアホウド リ繁殖集団は消滅したと考えられ ていた。その後も、1970年11月19日-12月12日に、九州大学・長崎大学探検部の尖閣列島合同学術 調査隊(1973)が上陸して調査したが 、このときも結局、アホウドリは確認されなかった。 



  3.アホウドリの個体数増加と営巣分布拡大 
     新世紀を迎えた2001年は、領土問題が鎮静化したことに加えて、伊豆諸島鳥島での アホ ウドリ再発見から50周年、尖閣諸島での再発見からは30周年にあたる記念すべき年であった。こ れを機に、アホウドリの繁殖状況がこれまで以上にくわしく調査された。

(1)2001年3月の調査  

 2001年3月6-7日、朝日新聞社のヘリコプターによって黄尾嶼や魚釣島、南・北小島を空から調 査し、南小島に着陸して一泊し、この島をていねいに調査することができた。この結果、黄尾嶼 と魚釣島からはアホウドリ類の姿を発見することはできなか った。

 北小島ではクロアシアホウドリを観察したが、空中からはアホウドリを確認で きなかった。 
 南小島で観察したひなの数は、人が近づくことのできない断崖の中段にある狭い岩棚に少なく とも12羽、島の頂上部の緩らか斜面にも12羽、合わせて24羽だった。
  ひなの数は、1992年から9年間で2倍以上に増え、しかも営巣区域が南小島の頂上部に拡大して いた。 

 ひな以外に、合計79羽の成鳥と繁殖年齢前の若鳥を観察した。すなわち、断崖中段の 岩棚に41 羽(成鳥33羽、若鳥8羽)、頂上部斜面に36羽(成鳥17羽、若鳥19羽)、さらに隣の北小島中腹の 平坦地にも2羽(成鳥2羽、若鳥0羽)がすわっているのを南小島から望遠鏡で観察した。この複数 羽の観察から、私は、北小島でもアホウドリが営巣している可能性が非常に高いと推測した。 



(2)2001年12月、北小島での営巣確認  

 2001年12月24日、沖縄テレビ放送の水島邦夫氏はヘリコプターから尖閣諸島を取材・撮影し た。このとき、水島氏は南小島の従来の繁殖地ばかりでなく、私の推測を確 かめるため、北小島 中腹の平坦地の状況をもビデオに撮影した。その映像は、南小島 の岩棚に27羽(25巣)、山頂部 の斜面に少なくとも20?30羽(画像が安定せず確定不 可能)のアホウドリだけでなく、北小島の 西側にある断崖の上部の岩が露出した平ら な場所に1羽の成鳥が巣にすわって抱卵している様子 をもはっきりと映し出した。こ の、北小島でのアホウドリ営巣の確認は約100年ぶりである。  

(3) 2002年2月の調査  

 2002年2月25日から27日に、北小島で約100年ぶりに確認されたアホウドリの卵からひなが誕生 しているかどうかを確かめ、南小島のひなの数を調べるため、沖縄テレビ放送の取材に同行し た。北小島では無事1羽のひなが生まれていた! 
  南小島では断崖の岩棚に16羽、頂上部の斜面に16羽のひなが育っていた。ひなの数は合わせて 33羽であった。 このときに観察したひな以外の個体数は合計81羽で、南小島の断崖の岩棚で39羽 (成 鳥32羽、若鳥7羽)と頂上部斜面35羽(成鳥15羽、若鳥20羽)、北小島(成鳥0羽、若鳥4 羽)であった。
  2001、2002年とも、成鳥・若鳥の観察数は、南小島の従来営巣地(岩棚)では成鳥の 比率が 高い(それぞれ80%、82%)のに対して、新営巣地(頂上部斜面)では若鳥のほうが多かった (53%、57%)。体に黒褐色の羽毛を残している若鳥型から、それら をほとんど残さず全身に白 い羽毛をまとう成鳥型になるには、およそ10年(雄では早 くて8年、雌では12年以上かかる場合 もある)を要するから、従来営巣地がほぼ満杯 になったために(成鳥でほぼ占められている)、 比較的最近(10年以内か)になって 、新しい営巣地に若鳥が定着したと考えられる。 

(4)2002年5月の調査

 2002年5月7-8日に、沖縄テレビ放送の取材に同行して、尖閣諸島のアホウドリを調査した。北 小島で約100年ぶりに確認されたアホウドリのひなは、成長して、海に 飛び立つ直前だった。こ のひなに足環標識をした(右脚:環境省金属足環 13A7660 、左脚:プラスチック色足環 青 138)。  

 南小島には、断崖中段の岩棚に巣立ちひな2羽、山頂部の斜面に1羽が残っていた。この頂上部 のひなは、取材チームが30mくらいまで近づいたとき、北東の強い風にあ おられて飛び立ち、島 より高く上がり、ゆっくり羽ばたいてしっかり飛行し、2-3分後には付近に群舞していたカツオド リやアオツラカツオドリなど他の大型海鳥のシルエットに紛れてしまった。おそらく、3-4kmを飛 行して、北小島の東沖に着水したに ちがいなかった。  

 また、南小島の平地となっている隆起リーフの海岸近くに、3羽が集まっていて、飛行の練習を し、さらに北・南小島の間の瀬戸(海上)に2羽が浮かんでいて、ときどき風上に向かって羽ばた きながら水面を蹴って走り、100-200mの距離を飛行して 着水し、飛行の訓練をしていた。こうし て、2月末に観察した33羽のひなうち、9羽を 観察することができた。残りの24羽はすでに尖閣諸 島を離れ、渡りの旅に出てしまっていた(頂上部にひなの死体は見つからなかった)。 
  5月上旬に大半の巣立ちびながすでにコロニーから離れていたことは、尖閣諸島では巣立ちの 時期が鳥島より2週間ほど早いことを示すにちがいない。
  以前、1992年に朝日新聞のヘリコプターで尖閣諸島に上陸して調査したときには、4月29日に 巣立ち間 近なひな11羽と成鳥1羽を観察し、1980年にNHKの取材に同行して空中から観察したとき には、5月2日に成鳥・若鳥19羽を観察した。
  また、100年ほど前、まだ多数のアホ ウドリが繁殖していたころは、黄尾嶼や魚釣島では5月 10日過ぎにアホウドリの数が 少なくなっていた(前述)。

 したがって、2002年5月上旬に大半のひなが巣立ったこ とは、この年だけの特殊な出来事とは 考えられず、尖閣諸島では巣立ち時期は4月下旬から5月上旬だと推測される。尖閣諸島でのアホ ウドリの繁殖時期を明らかにするためには、10月から5月に数回上陸して調査しなくてはならな い。  

 また、まだじゅうぶんには飛行できないひなが、コロニーから離れて、南小島南側 の海岸近く 陸上に留まり、飛行の練習をしていたことも意外であった。伊豆諸島鳥島では、飛び立ったひな はみな海に出て、島の回りの海で2-3日間を過ごし、その間に 海上で飛行の練習をする。これま で1度だけ、翼に異常のあった1羽のひなが、燕崎か ら海に出たあと潮に流されて、初寝崎のB港 の海岸の波をかぶる岩の上にたたずんで いたことがあったが(2001年6月11日)、健康な複数の ひなが海に出たあと上陸した 例は観察されなかった。南小島の隆起リーフで観察されたひなは、 断崖中段の岩棚が狭くて飛行の練習ができずに、風にあおられて未熟な状態で飛び立ち、平地に 降りた のかもしれないし、同じ岩棚で営巣している鋭いくちばしを持ったカツオドリに威嚇 さ れて、未熟な状態で飛び立ってしまい、じゅうぶんに飛行できなかったために陸上に着陸したの かもしれない。さらに、いったん海に出て、そこで3羽が出会った後、強い風によって海岸に吹き 寄せられて上陸した可能性もある。この点は、今後の詳しい調査によって明らかにされるだろ う。     

(5)鳥島集団と尖閣諸島集団との間の個体の交流  

 伊豆諸島鳥島から巣立ったひなには、標識作業のときに飛び立ってしまったごく少数を除い て、すべて標識用の足環が装着された(1977年から2002年までに合計1730羽 )。もし、尖閣諸島 で足環標識を付けている個体が観察されれば、鳥島集団から尖閣諸島集団へ個体が移入している ことになる。このことを確認するため、2001年3月と2002年2月に、双眼鏡(8x)やフィールドス コープ(25-56倍)を用いて、足環標識 個体の発見につとめた。  

 断崖の岩棚にいる個体の足環は観察者からあまりにも遠く、足環を観察することは できなかっ たが、山頂部の斜面にいる個体の足環の確認は可能であった。2年間で50 羽以上について観察し たが、足環をつけている個体は1羽も発見されなかった。した がって、今までのところ、鳥島集 団から尖閣諸島集団への個体の移入は確認されてい ない。  

 ところが、鳥島では複数の未標識個体(したがって尖閣諸島産と考えられる)の繁殖活動が観 察されたこと、最近なされた鳥島集団の遺伝学的解析(弘前大学農学生命 科学部・黒尾正樹助教 授らとの共同研究)によって、逆に尖閣諸島産の個体が鳥島集 団に移入していることは確認され た(2002年9月16日の日本鳥学会大会で発表)。

(6)尖閣諸島集団の大きさの推定  

 2001年12月24日に水島邦夫氏によって撮影された映像を分析した結果、南小島の岩棚の上空か ら見える範囲(ガジュマルの木の陰を除く)には約25巣(つまり25個の卵 )があり、2002年2月 25日の調査では同じ範囲に15羽のひなが確認された(1羽のひな はガジュマルの木の下にい た)。

 したがって、これらのひながすべて巣立ったとすれば繁殖成功率は60%(15/25)となる。厳 密にいえば、10月下旬の産卵から12月下旬 までに死亡した卵もあるはずだから、繁殖成功率はこ れより少し低くなる。
  もし、尖閣諸島全体でも繁殖成功率が60%だとすれば、33羽のひなから逆算して、繁殖つが い 数は55組(33/0.6=55)となる。しかし、2001年にはひな数が24羽で、もし繁殖成功 率が 60%程度だったとすると、繁殖つがい数は40組となり、1年で15組(38%)も増えたことになって しまう。このような急増は考えにくいので、2001-02年の繁殖つがい数はおよそ50-55組とみてお くのが妥当であろう。繁殖つがい数を確定するためには、将来、産卵期直後の11月下旬から12月 初めに上陸して調査することが不可欠である。  

 鳥島での繁殖つがい数は、1951年に約10羽が再発見されてから28年後の1979年には 50組、29年 後の1980年には54組、30年後の1981年には63組であった(積極的保護活動が行なわれる前で、 1981年から営巣地の保全管理が始められた)。尖閣諸島でも再発見時にほぼ同数の12羽が観察さ れ、30年後の2001年には50-55組に増加したと推測さ れた。この数字から判断すれば、尖閣諸島 集団も鳥島集団とほぼ同じ率で増加してき たと考えられる。  

 2001-02繁殖期に鳥島集団の繁殖つがい数は251組であったから、尖閣諸島集団の大きさは鳥島 集団の約20%にあたる。もし、今後も2集団がほぼ同じ増加率で増殖する とすれば、地球上にお けるアホウドリの繁殖つがい数は鳥島集団の1.2倍としておおまかに推定することができる。 



「沖縄の秘境を探る」
108−109頁
第四章アホウドリ見たり聞いたり
【アホウドリとその生活】
高良鉄夫著・沖縄新報社

 アホウドリの名は、漢字で「信天翁」と書かれている。信天翁は『大漢和辞典』によると、性 は鈍く、魚を捕えることができないので、口を開いて魚鷹(みさご)が落とした魚を拾い食うか ら信天(てんにまかせる)と名づけたとある。
 アホウドリは一名バカドリとも呼ばれている。それゆえに、いかにもおろかなもののように思 われているが、実はバカといわれるほどのまぬけではない。卵を産むのに巣を作らないのではな く、また子を産み放しにして育てないわけでもない。その習性のあらましについては前にもふれ た。
 繁殖期になると、メス・オス向き合ってすわり、たがいにおじぎをするような動作をする。そ のあいさつの状況は、実に奇妙だといわれる。このような動作は、科や属の異なるカツオドリに も見られる。卵を抱いて温め、ふ化するまでメス・オス交代で日夜巣を離れない。人が近づく と、くちばしをパクパク鳴らす。
 体が大きく、平地ではすぐに飛び上がることは、容易でない.それゆえに生け捕りにされやす い。それらはちょうどカツオドリの習性に似ているが、とくに風のない時は、飛び立てないので ある。私どもが平素、目につく野鳥に比べると、動作はたしかに鈍い。
 コアホウドリを平地に放すと、まず地面をけって立ち、翼をひろげて滑走しながら飛び上がろ うとするが、なかなか離陸できない。前方に障害物があって、急に滑走をやめて立ちどまろうと すると、つんのめってしまう。それはまるで滑走路をオーバーした飛行機のようだ。見ようによ っては、それもバカの一つに考えられよう。また人を恐れないので、たやすく生け捕りにされ る。アホウドリという名は、およそこのような習性に由来するものであろう。
 しかし、このアホウドリの仲間も、海上での動作は別である。アホウドリを、たわけものだと 思う人は、海上での活躍をご覧になってはどうであろうか。海上を飛び立つ時は、まず波をけっ て立ち、およそ一〇メートル滑走した後に、翼をのばし、空中に舞い上がるので、その光景は実 に壮観で、まるで飛行艇のようだ。陸地の場合のように簡単に掃獲できるものではない。
 古老によると、ふ化したヒナは四月ごろまで親鳥についているが、四月〜五月までの間に飛び 方や泳ぎの訓練を受けて島を去るという。尖閣列島の海鳥物語として、恒藤規隆博士(一九一 〇、『南日本の富源』)は次のように述べている。
 ふ化後のヒナは、その成長に応じて、規則正しい訓練が行なわれるが、ヒナが歩行になれ、遊 び歩くのに差し支えがないようになると、一羽の親鳥が多数のヒナに向かって飛び方を教える。 親鳥が翼をひろげると、すべてのヒナがこれをまねる。その訓練を毎日行なう。筋骨の発達をう ながすための秩序ある行動は、鳥のわざとは思われないほどである。次第に飛行になれると、は じめて島の周辺のごく浅いところに誘い、水泳の技術をきたえる。もしヒナが深いところに行く と警戒につとめ、フカに食われる危険を避けることを知らしめる。フカに対する防衛の手段をと るようになれば、親鳥と離れて自由に行動する。

 天然記念物アホウドリの名は、広く一般に知られているが、アホウドリそのものについては、 よくわかっていないようだ。なかにはカツオドリをアホウドリと勘違いしている人も少なくな い。
 昔から尖閣列島で知られているアホウドリの仲間は、アホウドリ、クロアシアホウドリであ る。この二種類は、コアホウドリとともに同属の仲間である。これら三種の区別についてふれよ う。
 アホウドリは体が大きくて、全長七五センチ、体重は成熟したもので五・五キロ以上に達する ことが知られている。くちばしは長くて大きく、先端はカギ状に曲がっている。くちばしの形か ら見ると、カツオドリの仲間とは著しく異なっており、どちらかというと、むしろオオミズナギ ドリの仲間に近い。羽毛は白く、両方の翼をひろげると、二メートル以上に達するので、飛ぶ力 は非常に強い。
 アホウドリの幼鳥は、全身暗かっ色で、クロアシアホウドリの幼鳥に似ている。それゆえに古 くは同じ種類に間違えられたようだ。
 クロアシアホウドリは、アホウドリに似ているが、体は少し小さい。体の地色は暗かっ色で、 足も黒っぽいので、クロアシアホウドリの名がある。アホウドリと同じ場所に住んでいて、その 習性も、ほぼ似ている。
 コアホウドリは、アホウドリよりはるかに小さい。頭、くび、体の下面は白く、背面と翼は、 暗かっ色をおび、目先に黒ずんだ小さな斑点がある。その幼鳥は親鳥に似ている。沖縄県下では まだ、その所在は知られていなかった。ところが、前に述べたように昭和四十年十月、久米島南 方三三キロの漁場で、わずか一羽描獲されたのである。その習性は他のアホウドリ仲間に似てお り、おそらくは尖閣列島にも渡ってくるのではなかろうか。
 アホウドリの仲間の食物は、主にイカ、その他小さな魚類であるが、ヒナの食物は、カツオド リと同じように、親鳥が吐き出した半消化のものである。アホウドリ仲間の親鳥は、逃げる時 に、胃中の食物を吐き捨てて飛び去るが、そのような習性は、カツオドリなどにも見られる。私 はアホウドリの群集と対話の場をもったことはないが、前に述べたコアホウドリを数日間観察し たことがある。コアホウドリの表情を見ながら、その動作をながめていると、その泣き声には三 通りある。
  その一つは、くびを振りながらくちばしをパクパク鳴らすことである。鳴き声という用語は適 切でないかもしれないが、それは外敵をおどすための動作と音声であろうか。もう一つは頭を上 空に真っ直ぐに向印誓、笛を吹くような、奇妙な音声で鳴く。そのピー音は管状になった鼻穴か ら川吹き出しているようだが、はっきりつかめない。さらにあと一つの鳴き声は、ウシがうなる ような声である。後の二つの音声は、どういう時に出すのであろうか。日中、時たま思い出した ような格好で鳴くが、ピー音は多分に相手を求めるための鼻うたであろう。あるいは、うなる鳴 き声は、求愛の歌かもしれない。
 アホウドリの抱卵は、メス・オス交代で行なわれるが、クロアシアホウドリとコアホウドリ は、随時交代するのではなく、何日かまとめて抱卵を交代するといわれている。


(高良鉄夫)
 高良鉄夫著「沖縄の秘境を探る」106−107頁
第四章アホウドリ見たり聞いたり
【白い鳥−アホウドリを求めて】
沖縄新報社、

 今からおよそ二六〇年前の『遺老説伝』という本によると、石垣島や与那国島の人も通わぬ岬に
アホウドリが住んでいたことが述べられている。また『南島雑謡』という本には大島の海岸に、
『琉球漫遊記』には、南大東島にも住んでいたことが書かれている。

 このように、昔は無数のアホウドリが小笠原諸島や沖縄の島々に住んでいた。
 文明の発達につれて、羽毛の採集、あるいは食用にするため乱獲され、人間の住んでいる島から
遠ざかり、ついにへんぴな無人島だけで生活するようになったのである。だが、今日ではこの無人
島にも人手がのびて、海鳥の乱獲は絶えない。

 アホウドリは今からおよそ六〇年前までは、黄尾島、南北両小島に、また魚釣島でも見られたよ
うであるが、大正年間になって、同列島のアホウドリの記録は見当たらない。同列島近海に漁に出
ていた古老の諸によると、大正の中期ごろ、北両小島に少数のアホウドリがいたが、魚釣島に材木
を切り出しにきた人々や漁民によって捕獲され、卵は無人島みやげに持ち去られたということであ
る。

 大正の後期から昭和の初期ごろにかけて石垣島測候所長の岩崎卓商翁が、石垣島の渡り鳥を調べ
た報告書の中に、クロアシアホウドリが記録されている。これは八重山群島近くの無人島に生き残
っていることを物語るものであり、渡りの途中に石垣島に迷い込んだものであろう。

 昭和十四年五月、石垣島測候所の正木氏が尖閣列島を報告によると、アホウドリの仲間は黄尾
島、魚釣島には見当たらず、北小島の一角に、クロアシアホウドリの群れが確認されている。当
時、アホウドリが見当たらなかったのは、尖閣諸島では、すでに滅びてしまっていたのであろう
か。

 私は昭和二十七年、二十八年、三十八年の三回にわたって、南北両小島の海鳥を調査したが、渡
来の時期とのずれの関係か、アホウドリの仲間は確認できなかった。 昭和四十年十月に、久米島
南方の漁場で、一羽のコアホウドリが漁船の船員によって捕獲された。十月中旬ころとなると、ア
ホウドリの仲間の渡りの時期であり、尖閣列島にアホウドリが住んでいる可能性もでてくる。

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 かつて日本には500万羽(サントリー愛鳥キャンペーンの上げた数字)を超える
アホウドリが居たとおもわれますが、その羽毛を西洋に輸出する為に乱獲したことで一時は絶滅し
たと言われていました。尖閣諸島でも多い時には一年で15−6万羽が捕獲されたと言われます。

 1900年頃は、黄尾嶼にも20-30羽の小群をあちこちで見らたようです。魚釣島にも道安渓でひな
をかなり多く観察することが出来たと黒岩恒氏が書いています。

  ところがこの後、アホウドリの数は激減し、1910年ころには黄尾嶼 の4カ所、
魚釣島の2カ所で細々と繁殖するだけになったようです。  

 1939年5月27日、正木任氏は魚釣島や南小島、北小島に調査の為に上陸したが、
アホウドリを1羽も観察することができませんでした(正木1939)。  

 ところが1951年に鳥島で十数羽の繁殖が確認され、1981年からは当時の環境庁と東京都による繁
殖地の環境改良事業が開始され、1999年4月には推定生息数が1,000羽を超えるまでに回復しまし
た。ここにはアホウドリ先生と言われる東邦大学の長谷川博先生の大変なる尽力がありました。

 先生の2005年4月の調査結果では、鳥島集団の総個体数は、推定で約1725羽だそうです。

尖閣諸島でも1971年に動物調査で尖閣諸島の南小島を訪れた池原貞雄氏(琉球大学名誉教授)
が偶然、十二羽のアホウドリを発見しています。今では南小島に180羽。北小島に4羽の生息が
確認されています。









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アホウドリ復活の軌跡より
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東邦大学 理学部 生物学科長谷川博の「アホウドリ復活の軌跡」
http://www.mnc.toho-u.ac.jp/v-lab/ahoudori/index.html



アホウドリは全長 92cm、翼開長(全幅)2.4m の大型の海鳥で、体重は約7kg にも
なります。グライダーのように細く(翼の幅は約 17cm )長い翼を持ち、海上を吹く
風を巧みに利用して、ほどんど羽ばたかずに滑るように飛翔します。
成鳥のくちばしは濃い桃色あるいは淡紅色で、その先端部は淡青白色です。この桃色は
血液が透けて見えているためで、人間の爪の色と同じです。成鳥の頭部から首にかけて
の羽毛は濃い黄色あるいは山吹色になります。翼上面の先端側約半分と尾羽の先端部が
黒いほかは、全身ほぼ純白です。脚は、表面が乾燥した時には青灰色ですが、水に濡れ
ると少し黒っぽく見えます。雌雄同色で、雄は雌よりやや大きいようですが、野外で雌
雄を区別することは困難です。(アホウドリ復活の軌跡より

少しずつ増えてきた日本のアホウドリですが、世界ではアホウドリ類が現在再び数を少
なくしつつあります。絶滅危惧種としてランクが上がりました。原因は世界各地の海で
延縄漁業によって数多く混獲され、各地の繁殖地で急速に個体数を減少させていると判
断されています。苦境に立つアホウドリ類



※参考写真3 鳥島のアホウドリ  

写真: −アホウドリ復活の軌跡より



アホウドリの渡り

アホウドリ復活の軌跡、「アホウドリの渡り」から
http://www.mnc.toho-u.ac.jp/v-lab/ahoudori/information/passage.htm


※参考写真4 鳥島のアホウドリ





アホウドリ復活の軌跡より







 

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(05)    アマサギ
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(下の掲載写真は尖閣諸島のアマサギの写真ではありません)

アマサギ83.3沖縄本島、
写真集・「沖縄の野鳥」22頁-昭和58年


典拠:写真集・「沖縄の野鳥」(昭和58年)、琉球新報社編・池原貞雄監修。(55頁【奄美・沖 縄鳥類目録】に記載)
記事:「魚釣島。黄尾嶼。冬鳥として普通に渡来。」










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)  エゾビタキ
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エゾビタキ 南小島

(下の掲載写真は尖閣諸島のエゾビタキの写真ではありません)

エゾビタキ
−Yachoo! オンライン野鳥図鑑− より引用


典拠:論文「尖閣列島・南小島を訪ねて」池原貞雄・安部琢哉・城間俟
1974年9月調査、沖縄静物学会誌第16号−42頁


Yachoo! オンライン野鳥図鑑 - 野鳥図鑑 - エゾビタキ
http://www.yachoo.org/Book/Show/566/ezobitaki/

エゾビタキ

分類 スズメ目 ヒタキ科  
全長(翼開長) 13cm  
属名 Muscicapa  
種小名 griseisticta  
英語名 Spot-breasted Flycatcher  

特徴: 雄 上面は灰褐色である。頬線と顎線の間にある線が明瞭である。嘴は長めである。初列風切
は長く、止まっていると、三列風切と同じくらいである。下面は白くて、胸から腹や脇には灰褐色
の明瞭な縦斑がある。大雨覆の先端は白い。三列風切の外縁も白い。  
特徴: 雌 雌雄同色。  
 チョウ、ガ、ウンカ、アブなどをフライングキャッチで捕らえる。ミズキの果実を食べることもあ
る。  
分布 旧北区。中国東北部、ウスリー、サハリン、千島列島、カムチャッカ半島で繁殖する。冬季は
インド東部、フィリピン、ニューギニア島に渡って過ごす。日本には旅鳥として通過する。  
生息地 低山や平地の林で見られる。市街地でも見られる場合がある。  
生態 詳細は不明。  
類似種について **  
亜種について 日本産鳥類目録第6版では亜種の分類はしていない。  
渡り鳥条約 日米渡り鳥条約 
日中渡り鳥協定 
日露渡り鳥条約 


































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尖閣諸島の空に舞う鳥(3)